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「一隅を照らす者になって下さい」3年B組金八先生ファイナル~「最後の贈る言葉」4時間SP [etc.]

1979年~2008年、30年に渡って続いたドラマです。
3年B組金八先生が完結しました。

世の中の環境が見る見る変化していっても、
子供達がどれだけあまやかされて、重宝され、生意気になってきたとしても
すばらしい人物像は永遠のものであると実感しました。



金八先生の最後の一言
「一隅を照らす人間になってください。 一隅を照らす者はこの国の宝です。 隅っこがしっかりしていれば、何だってできるのです。 人を包んであげられる、優しい人になって下さい。」
一人一人が自分のいる場所で精一杯自分と人の為に生きること。
一人一人が光り輝くことで周り全体を明るくする。
周りからささえあって助け合って生きて行く。
今まさにこの日本に必要な一言だと思いました。



ありがとう金八先生。



あなたにはいろいろと教わりました。



長い間お疲れ様でした。



卒業おめでとうございます。

ジャニーズ 電源車被災地へ。山下智久 地震 支援 寄付 募金 安否 安室奈美恵 寄付 [etc.]

ジャニーズや安室奈美恵も・・・

ジャニーズ事務所が東日本大震災の被災者支援のために出動を申し出ていた、コンサート用の電源車と大型トラックが17日、現地に向けて出発した。
16日に被災した自治体に出動を打診したところ、17日に「ぜひお願いしたい」との返事があった。
輸送用トラックと電源車両の被災地への提供を申し出ているジャニーズ事務所は16日、新たに燃料として軽油2000リットルを被災地に提供する方針を明らかにした。
同事務所によると、軽油はNEWSの山下智久が札幌市内で18、19日に予定していたソロライブ用の燃料として、同市内で備蓄していたもの。
所属アーティストが今月中に開催を予定していた全公演の自粛が決まったため不要となり、被災地の自治体に提供することを決めた。
多くの製油所が被災したことで、被災地でガソリンや軽油などの燃料不足が深刻化している現状を重視したという。

また被災地に貸し出す車両として、東京にある輸送用の11トントラック5台と、300キロワットの電源車が東京と札幌に1台ずつ準備が整い、運転手の人員も確保。被災地側からの申し出があり次第、具体的に検討に入る。
電源車は「病院など緊急に必要な施設への提供を想定している」(同事務所)という。


安室奈美恵が、日本赤十字社を通じて東日本大震災の義援金5000万円を寄付していたことが19日までに明らかになった。
安室奈美恵がの所属するヴィジョンファクトリーは「個人的に送ったようです」と認めている。
安室はこれまでも、01年のアメリカ同時多発テロで1200万円、05年のスマトラ沖地震で1000万円、さらに1995年の阪神・淡路大震災でも多額の寄付を行っている。
いずれも極秘で行い、公表を控えている。

「被災者の方々を全国で受け入れを」NPO代表 堀内正美さん 東北地方太平洋沖地震 復興支援 日本 地震 物資 [etc.]

新聞の記事です。
神戸在住のNPO代表の堀内正美さんが「伝えたい 阪神・淡路大震災から」という記事を書いていました。

被災された方々にとって必要なのは「勇気付ける言葉ではなく、勇気付ける物」だ。
例えば服なら自分が同じような環境になったとき、もらってうれしいものにしてほしい。
袋に入れて、自分の年齢やサイズを袋に書き込む。
被災された方々を元気付けるようなお手紙も添えて。
そんなところから被災された方との交流が生まれる。
住まいの問題も大変だろうが、阪神・淡路大震災の時のような仮設住宅よりも、
日本全国で受け入れることを考えたい。
空いているビジネスホテルや企業の保養所はいくらでもあるだろう。
家も財産も流され、被災地には仕事もない。
仮設住宅があっても、仕事がなければ生活は再建できない。
被災された方々にメッセージを送るとすれば、
今は真っ暗でただうずくまることしかできないだろうが、
暗闇はいつまでも続かないということだ。
復興の過程では、教訓として引き継ぐ「記憶のスイッチ」を忘れて欲しくない。
原爆ドームのようなものだ。




災害は必ず風化する。
つらい記憶だからこそ、二度と繰り返さないために記憶を呼び起こすものを残して欲しい。




以上の堀内正美さんのメッセージと、昨日アップした瀬戸内寂聴さんのメッセージが
同日の新聞の同じ紙面に掲載されていました。




共通することは「今の最悪の状態はいつまでも続かない」ということです。




この2種の支援が相まみれると、本来の力以上の相乗効果を生み出すのだろうと思います。

「同じ状態は続かない」瀬戸内寂聴さんが被災地向け寄せるメッセージ 東北地方太平洋沖地震 復興支援 日本 地震 [etc.]

新聞の記事です。
作家で僧侶の瀬戸内寂聴(せとうち じゃくちょうさん)が、東日本大震災の被災地に向けたメッセージを寄せていました。

去年死んでいたら、この未曽有の悲惨な災害は見ずにすんだのにと思ってしまいます。
たまたま私は昨年十一月から背骨の圧迫骨折で入院したり、自宅で治療をつづけていて、自分の足で歩けなくなっていたので、
これまでのように、すぐ現地に飛んでいって被災者を慰問することも励ますこともできませんでした。
こんな 役立たずになった自分に今、何ができるのかと、考えつづけ、あらゆる報道に目をさらして、やきもきして いました。
地震に大津波、さらに原発事故と、追い打ちをかけてくる災害は、地球の終わりを知らされるような怖ろしさでした。
「無常」という仏教のことばが胸にしみました。
一寸先に何が待ち受けているのか知らないのが人間です。
人間の能力には限界があり、自然の底力には果てがないということを思い知らされたのです。
子供の時から耳にこびりついていた非常時という言葉を思い出しました。
この現実こそ非常時でなくて 何でしょう。
これを乗り越えるには人々が我を捨て互いの力を合わせ災難に立ち向かうしかないのです。
一瞬にして、永い歳月えいえいと積み上げてきた家も財産もすべてを失い、
愛する家族を目の前でさらわれた 人々の絶望を想いやると、痛ましさに身も心も凍ります。
体の動かないわが身が腹立たしく、私は悶々と悩みつづけました。
そのあげく、ふと気づいたら、私の体調は変化していたのです。
寝たっきりで、四六時中あれほど痛がった脚の 痛みがずいぶん和らいでいます。
トイレに行けず食事もベッドに運ばれ、顔も洗えず、風呂にも五十日も 入れなかったのに、
そのすべてが今はクリアされていたのです。
半年で治るという医者の言葉は正しかったのです。
四月で半年目になります。
「無常」とは、同じ状態はつづかないことと、私は法話のたび、話してきました。その通りです。
今、生き地獄のどん底の状態の日本も東北の被災地の方々も、このどん底から、気がつけば、変化していたと 気づく日が必ず訪れるはずです。
これだけ国民のすべてが心を一つにしてがんばっている努力が報われない ことはないと、希望を忘れないでいてください。
私は体がきくようになれば、何でもして少しでも役に立ちたいと 今、切実に思っています。




待っていてください。

今出来ること・節電・義援金・買いだめしないこと 東北地方太平洋沖地震 復興支援 日本 地震 [etc.]

被害を受けていない私達が出来ることです。

それは

「節電」です。

「寄付」です。

「買いだめをしないこと」です。

被災地の周りが混乱していたらいけないと思います。

災害を受けていない人達が沈着冷静でないといけないと思います。



周りが一丸とならないと被災地の中心までの距離は遠くなるばかりだと思います。