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内田選手に「ボルシアのユニフォーム買って来て!!!」明石家さんま氏がおねだり、ボルシアって??? [football topic]

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番組でさんま氏が、うっちーにシャルケのユニフォームをもらっていた。

「今度帰って来る時は、ボルシアとバイエルンのユニフォームを買って来てくれ。」

と言っていた。

これを見ていた私は、ボルシア?
ボルシアと言えば、私の中ではドルトムントだと思っていた。
でもそれだったらボルシアという言い方をするかな?
と、疑問に思った。


さんま氏が言っていた「ボルシア」とは・・・


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さんま氏が言っていたボルシアとは、な、な、なんとボルシア・メンヘングラドバッハのことであった。

知らなかった。

ドイツの人はボルシア・メンヘングラドバッハ(BMG)のファンが多いということを知って驚いた。

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欧州サッカーの長い歴史の中、1970年代~80年代にかけて、
バイエルンとボルシアMGの2強時代というのが続いていた。

バイエルンにはベッケンバウアー、マイアー、G・ミュラー、、、
ボルシアMGにはハインケス、ネッツアー、フォクツ、、、

ボルシアというと、ドルトムントよりもボルシアMGの方が人気があった。
ドイツの中年のサッカーファンはボルシアMGのファンの方が多い。

さんまはボルシアMGの大ファンである。
70年代から欧州サッカーを見ている。
当時はテレビ東京系でしか放送していなかったようだが、その頃から深夜のTVを見ていたという。

ドルトムントが1997年にヨーロッパ王者になって来日した時に、さんまはゲストでTVでコメントしていた。

「僕が若かった頃はボルシアというとメンヘングラドバッハだったんですよ。
僕は小さなDFのフォクツさんが大好きで、メンヘングラドバッハを応援していたんですよ。
それで、奥寺さんのいたケルンと凄い優勝争いをしてましたけど、今ではボルシアというとドルトムントに変わりましたね。」

と語っていた。
奥寺氏もTVの解説でさんまの隣にいた。

「そうですね、ボルシアMGがドルトムントに12-0で大勝した後に、
僕のゴールもあって、ケルンが辛くも得失点差でボルシアMGを上回って優勝したんですよ。」

「そうでした。奥寺さんには悪いけどボルシアMGを応援してました。
でも、あの頃、奥寺さんの活躍を言っても聞いてくれる日本人はあまりいなかったな。
ブンデスリーガの話をしても、聞いてくれる日本人はあまりいなかった。
プロ野球人気がすごかったから。
1985年にユベントスのプラチニが”笑っていいとも!”に来た時も、会場のお客さんは知らなかったですから。」

昔から日本人にはとても親切なドイツ・ブンデスリーガだった。

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引用元:ヤフー知恵袋・inuwashi0903さん
(編集・省略)


そうだったのか。
全然知らなかった。


ということは、うっちーに頼んだ”ボルシアのユニフォーム”というのは、当然メンヘングラドバッハということになる。


鹿島とレアル・マドリーが対戦した試合でゲスト出演した時も、
「まあ(鹿島が)頑張ってくれて、きれいに着地ができたような気持ちでホッとしてます。
もし鹿島が2-1で勝っていたら、高速道路でいろいろなことを考えてしまいそうやった。」
と発言をしていたさんま氏。
いろんな場面で、海外サッカーフリークを貫くさんま氏。

日本のサッカーから始って、最終的に海外のサッカーのファンになったのではなく、
サッカーを見始めたのが、マンUなどの欧州サッカーからだったのである。
しかもブンデスリーガはボルシアMGのファンというのは以外だった。
要は目が肥え過ぎてしまっているのだ。
たとえば食べ物も同じ。
一度美味しい食べ物の味を覚えてしまうと、その味より劣るものを口にすると美味しくなく感じてしまい、
食べたくなくなるのと同じである。


それならば、日本のチームと海外の強豪チーム、
日本代表と外国代表の強いチームなどが試合する際、TV側もさんま氏をゲストに呼ぶべきではないと思う。


一応、日本人のほとんどが日本のチームを応援しているわけだし、お笑いのコメントを聞きたい訳ではない。


そういう試合にさんま氏にコメントさせるのは酷な話である。


悪気のない、バカ正直なさんまがかわいそうだ。


バラエティー番組だから大目に見るが、
そもそも、シャルケ所属のうっちーに「他のチームの選手のユニフォームを買って来て」、と頼むこと自体失礼な話である。


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と、思っていたら・・・たまたまこんな記事を見つけた。


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【実は日本サッカー発展の功労者だった明石家さんま】

頑固なまでに海外サッカーフリークを貫くさんまだが、
実は昔、日本サッカー発展のために、無償でPR活動に奔走している時期があった。

1980年代前半、日本におけるサッカー人気は、1968年メキシコオリンピック銅メダルの栄光を最後に、
低迷の一途をたどっていた。
ワールドカップ予選もことごとく負け続け、本選出場など、夢のまた夢だった時代である。

この現状を常々憂慮していたさんまは、日本サッカーリーグ・天皇杯のポスターに無償で登場。
しかも、ヌード姿まで披露した。
当時のさんまといえば、”オレたちひょうきん族”などで、超が付くほどの売れっ子となっていた時期。
そんな国民的スターが一肌脱いだとあって、大きな話題を呼んだ。


また同時期、日本国内最古のサッカー専門誌”サッカーマガジン”において、
”明石家さんまの爆笑キックオフ”という連載企画をスタートした。
誌上では、日本サッカーリーグの現役選手との対談などを展開していた。
これも無償だったというから驚きである。


まだある。


これも同時期。
さんまは、ビートたけしらと共に、
「芸能人が前座試合をやれば、サッカーの競技場にお客さんがやってくるのでは?」
との思いから、芸能人サッカーチーム”ザ・ミイラ”を発足した。
日本リーグなど大きな試合に繰り出しては、ジャッキーチェンなどとエキシビジョンマッチを展開し、
観客を大いに沸かせていたとのこと。
これもボランティアだから無償である。


そして、Jリーグ発足を見届けると、さんまは
「自分の役目は終わった」
として、国内リーグのPR活動からは身を引き今に至った。


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引用元:ミドルエッジ
(編集・省略)


「レアルvs鹿島」戦の試合終了後のコメント後は、非難轟々だったさんま氏。
「サッカーの質問はみんな聞いてるやろうから、老後はどうしはるんですか?」とメッシ選手に質問したさんま氏。
「ごめん、おれ日本代表には全く興味ないねん」とポロッと口から出るさんま氏。


そんな彼が、自分から口にしなかった過去の日本サッカーへの愛。


そんなこともあったんだ~。


やるじゃん、さんまちゃん。


でも、一応昔は応援していたことだし、日本のサッカー界も頑張っているのだから、


鼻から日本サッカーを認めまいとせず、サッカー自体をお笑いに持っていこうとする発言等は、


TVに出る以上は、控えた方がいいかな~、


うそでも、ねぎらい等の一言があってもいいかな~、


と思うのは私だけだろうか???


PS:もしかしたら日本のサッカーチームや代表が世界が注目の中、
   海外相手にけちょんけちょんにやられてしまうのが、
   見るに耐え難いものがあるのかもしれない・・・
   日本サッカーへの過度の愛が残っているが故・・・
   私はそう思いたい。。。


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